イギリス文学の傑作!オースティン『高慢と偏見』の感想を語ります


こんにちはshunです!

今回はこちらの小説を読了したので、紹介したいと思います。

『高慢と偏見(上)』ジェーン・オースティン 岩波文庫

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『高慢と偏見(下)』ジェーン・オースティン 岩波文庫

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オースティンの代表作が『高慢と偏見』です。イギリス文学の中でも屈指の知名度を誇っています。映画化やドラマ化も実現しているようです。

モームの『世界の十大小説』の中でも紹介されているそうです。

そんなオースティンの『高慢と偏見』についてあらすじや感想を紹介していきます。

『高慢と偏見』あらすじ/要約

『高慢と偏見』は「高慢な男性と偏見にまみれた女性の恋の物語」です。

ある日ベネット家の近くに、大金持ちの男性がやってきます。ビングリーダーシーです。

ビングリーは金持ちである上に、非常に誠実な人物で、誰からも好まれるような人物でした。

ビングリーはベネット家の5人姉妹の長女であるジェーンと次第に仲を深めていくことになります。

一方で、もう1人の大金持ちであるダーシーはあまり評判が芳しくない人物でした。

ダーシーはせっかくの舞踏会であったにもかかわらず、高慢な態度を取ってしまいます。

さらにベネット家の次女であるエリザベスを見て、「それほどの美人ではない」と一蹴してしまいます。それを聞いていたエリザベスはダーシーを毛嫌いするようになります。

しかし、その後の出来事を通して、エリザベスは自分がダーシーに偏見を持っていたことに気づかされます。

最悪の出会いをしてしまったダーシーとエリザベス。そんな2人の恋の模様を記したのが、本書『高慢と偏見』です。

最悪の出会い

本書の中心人物となるのは、大金持ちのダーシーとベネット家の次女であるエリザベスです。

エリザベスの目には、ダーシーは高慢な男性のように見えました。

大金持ちだからといって田舎の人々を下に見ているような態度が見え透いていて、それがエリザベスの癪に障ったのでしょう。

ダーシーも最初は、エリザベスに興味を示しません。

ダーシーはせっかく舞踏会に出席したのにもかかわらず、2人の女性と踊っただけでした。

ダーシーの友人であるビングリーがエリザベスと踊ることを勧めますが、それも断ってしまいます。さらにダーシーはビングリーに対してこんなことを言います。

「がまんはできるけど、僕が誘惑されるほどの美人じゃないね。それに今のところ、僕は、ほかの男の見向きもしないような娘さんの提灯もちをする気分にはなれないね。君はお相手のところへ帰って、彼女の笑顔でも楽しむほうがいいよ。僕といたって、時間を浪費するばかりだもの。」(p20)

エリザベスは当然ながらこの発言に対して怒りを覚えます。まだ会って間もない見ず知らずの男にいきなり侮蔑されたのですから、怒るのも当然でしょう。

エリザベスはダーシーに対して憎悪の念を覚えるようになります。

2人の出会いは最悪なものでした。

惹かれ合う2人

舞踏会後も、2人の関係はよくありません。

しかし、ある日、ダーシーはエリザベスの大胆かつ知的な振る舞いに惹かれていくようになっていきます。

大富豪だったダーシーに擦り寄ってくる女性は大勢いたのでしょう。そんな中で、大富豪が相手であろうと自分の考えを率直にぶつけてくるエリザベスに惹かれていったのです。

ダーシーはエリザベスに求婚を迫ります。

エリザベスはダーシーのことを未だに嫌悪していました。

しかしその後ダーシーという人物が本当はどのような人間なのかについて知るようになっていきます。そして自分がダーシーに対して偏見を持っていることに気がつきます。

最悪の出会いをした2人が果たしてどのような結末を迎えるのか。それが本書『高慢と偏見』の魅力です。

『高慢と偏見』感想/まとめ

本書『高慢と偏見』を読んでいると、私たち人間がいかに偏見にまみれている生き物なのかを実感させられます。

人は第一印象で抱いた偏見をのちに取り除くことは非常に難しいことなのでしょう。人は一旦わかった気になったものに関しては注意を払わなくなる生き物です。

『高慢と偏見』を読んでいて、関連して思い出したのは、数学の問題です。

数学の問題を解く時ほど人間がいかに偏見に縛られているかを表すものはないように思えます。

数学の問題を解こうとする際、私たちはどのような解き方があるかを検討します。

一度解き方を決めてしまったら、もう一度最初から考え直すことは非常に難しいです。

一旦その解き方で解けるという偏見を持ってしまったら、その解き方でしか解こうとはしなくなります。他の解き方で解くためのヒントにも気づくことはありません。

基本的には制限時間があるため、時間がなくなってくると、ますますその考え方に固執するようになっていきます。

しかし同時に、「偏見を防ぐことはできるのか」という疑問も浮かび上がります。

今回の『高慢と偏見』では、エリザベスがダーシーに対して、偏見を持っていましたが、その偏見を防ぐことはできたのでしょうか。

「エリザベスが他の人から見えるダーシーの印象を聞けばよかったのではないか」という意見は最もであるように思えます。

しかしそれでは、いったい何人にその印象を聞けば、客観的なダーシーの印象は決まるのでしょうか。異なった偏見を持っている人々が何人集まれば客観的であると言えるのでしょうか。

偏見という言葉には常にネガティブなイメージがつきものですが、偏見こそが人間を人間たらしめているのかもしれないと本書『高慢と偏見』を読んで感じました。

気になった方はぜひ読んでみてください。

それではまた〜。

<記事で触れた書籍一覧>

『高慢と偏見(上)』ジェーン・オースティン 岩波文庫

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『高慢と偏見(下)』ジェーン・オースティン 岩波文庫

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