処女作にして代表作!夏目漱石『吾輩は猫である』あらすじを簡単に

吾輩は猫である

こんにちはshun(@bookstyle_book)です!

今回はこちらの近代文学を読了したので、紹介していきます。

吾輩は猫である

『吾輩は猫である』夏目漱石 新潮文庫

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「吾輩は猫である。名前はまだない」という冒頭の一文は日本中の誰もが知っているでしょう。

夏目漱石の代表的な作品であり、処女作品です。

それでは早速、夏目漱石の『吾輩は猫である』のあらすじや感想を紹介していきます。

『吾輩は猫である』あらすじ/要約

本書『吾輩は猫である』は「猫から見た人間の不自然さを書き出した小説」です。

特別なあらすじがある小説ではないのですが、簡単に紹介していきます。

珍野家にいる一匹の雄猫。

彼にはもともと名前がありません。猫は自分自身を「我輩」と呼びます。

我輩は珍野家での生活の中で、様々な人間に出会います。

我輩は人間の不自然な生活について疑問を持つようになっていきます。猫から見れば、人間は不思議な生活をする生き物なのです。

人間ではない動物から客観的に見る人間の奇妙さ。

それを書き出したのが本書『吾輩は猫である』です。

猫が考える神

ここでは、個人的に『吾輩は猫である』を読んで気に入った箇所を二つ紹介したいと思います。

一つ目はこちらです。

神が人間の数だけそれだけ多くの顔を製造したと云うが、当初から胸中に成算があってかほどの変化を示したものか、または猫も杓子も同じ顔に作ろうと思ってやりかけて見たが、とうてい旨く行かなくて出来るのも出来るのも作り損ねてこの乱雑な状態に陥ったものか、分からんではないか。(青空文庫 位置3114/8742)

思わず笑い出してしまうこの我輩の台詞。

一匹の猫が神に対して喧嘩を売っているという構図に微笑まずにはいられません。

確かに我輩のいう通りではないでしょうか。

神が人間の顔を別々に作ろうとしたのか、似せようとしたのかは神に聞いてみなければわかりません。

もしかしたら人間一人一人顔が違うのは、神も予想だにしなかったのかもしれません。

それにしても本書『吾輩は猫である』で一貫されている我輩の着眼点の鋭さ、最高です。

我輩が心配をしない理由

もう一つの気に入った箇所はこれです。

心配せんのは、心配する価値がないからではない。いくら心配したって法が付かんからである (青空文庫 位置3530/8742)

このように考えたいと思ってはいるものの、実際はやはり心配してしまうという人は多いのではないのでしょうか。

心配してもその結果が変わるわけではないにもかかわらず、やはり心配はしてしまうものです。

そのようなことを考慮すると猫は人間よりも肝が座った生き物なのかもしれません。

人事を尽くして天命を待つ。この格言はもしかすると人間よりも猫に相応しいのかもしれません。

『吾輩は猫である』感想/まとめ

人間という生き物の奇妙さを猫という第三者を登場させることで論じるという画期的な発想。

夏目漱石自身が人間の奇妙さを語るよりも、猫が人間を語った方が説得力が増します。

第三者を登場させることで、客観的に人間を見つめている心象を深めるという発想は一体どのようにして生まれたのか気になりました。

これが処女作というのだから夏目漱石はやはり偉大な小説家です。

人間社会の痛いところを鋭くつくことができる我輩。

しかし同時に自分自身の置かれている状況に対してはそれほど客観的な分析ができていなかった点も面白いです。

人間であっても、猫であっても常に第三者的視点から物事を見つめることは至難の技なのかもしれません。

知っているようで知らない人も多いはずの本書『我が輩は猫である』。

気になった方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

それではまた〜。

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吾輩は猫である

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