名言/伏線が多い!村上春樹初期作品『1973年のピンボール』感想

1973年のピンボール

こんにちはshunです!

今回はこちらの本を読了したので、紹介したいと思います。

1973年のピンボール

『1973年のピンボール』村上春樹 講談社文庫

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『1973年のピンボール』は村上春樹の2作目の長編小説として出版されていたようです。1作目は『風の歌を聴け』という小説です。『ノルウェイの森』を始め、多くの村上春樹作品の伏線、そして名言の多さで有名です。

村上春樹初期の作品である『1973年のピンボール』。そんな『1973年のピンボール』のあらすじや感想についてここでは紹介していきます。

『1973年のピンボール』あらすじ/要約

主人公の「僕」は友人と事務所を立ち上げ、翻訳業務に勤しんでいました。

そんなある日、目覚めると2人の少女がいることに「僕」は気づきます。

その双子はどちらも全く同じ容姿をしていて、シャツに書かれている番号でしか判断する事ができません。

そして、「僕」は以前、3フリッパーの「スペースシップ」というピンボールマシーンに自分が夢中になったことを思い出します。

しかし、そのピンボールマシーンはゲームセンターが潰れたことによって行方をくらましてしまっていました。

「僕」は青春時代の思い出が詰まった3フリッパーの「スペースシップ」というピンボールマシーンを探すことになります。

以上が『1973年のピンボール』の大まかなあらすじです。

孤独への幽閉

「僕」は恋人がいませんでした。

恋人を作る環境はあったにも関わらず、「僕」は恋人を作りたいとは考えませんでした。その理由について「僕」はこのように述べています。

「僕は不思議な星の下に生まれたんだ。つまりね、欲しいと思ったものは何でも必ず手に入れてきた。でも、何かを手に入れるたびに別の何かを踏みつけてきた。わかるかい?」(p110)

何かを手に入れるために、他の何かを失ってしまう。これは間違いのないことでしょう。

例えば、時間。1時間を読書に使うことはその人の自由ですが、その代わりにその人は1時間ゲームをする時間を失っています。

どちらがいいという話ではなく、私たちは何かを得るためには、何かを犠牲にしなければならないのです。

それに対して、事務所の同僚の女の子はこのように述べています。

「本当にそう思うんなら」と彼女は言った。「靴箱の中で生きればいいわ」(p110)

何とも痛烈なこの言葉。読んでグサッときた人も多いのではないのでしょうか。

恋人関係だけでなく、友人関係でもそうですが、ある意味で孤独に閉じこもってしまうことは簡単です。孤独に閉じこもれば、誰かに自分が傷つけられることもないし、自分が誰かを傷つける事もない。そこは秩序が保たれている平和な世界です。

しかし、「靴箱の中で生きればいいわ」と同僚の女の子が言った通り、それは同時に非常に狭い檻に自分自身を閉じ込めていることになるのです。

この箇所を読んで、私は「ヱヴァンゲリヲン」に登場する主人公、碇シンジを思い出しました。人に傷つけることを恐れ、傷つけられる事も恐れている碇シンジはまさに「僕」と似たような悩みを持っているのではないでしょうか。

時間という概念

個人的に取り上げたい名言の2つ目はこれです。

テネシー・ウィリアムズがこう書いている。過去と現在についてはこのとおり。未来については「おそらく」である、と。

しかし、僕たちが歩んできた暗闇を振り返る時、そこにあるものもやはり不確かな「おそらく」でしかないように思える。僕たちがはっきりと知覚し得るものは現在という瞬間に過ぎぬわけだが、それとても僕たちの体をただすり抜けていくだけのことだ。(p181)

過去も「おそらく」でしかないのではないか、と考える村上春樹の考え方に圧倒させられるこの一文。

確かに、私たちは経験したものに対しては確実に知覚できていると考えがちです。しかし、「本当にそうなのか」と村上春樹は私たちに問いかけます。

私たちが現在の瞬間でさえも、ただ自分たちの体をすり抜けていくだけ。それならば、過去のことをはっきりと知覚することなど不可能なのではないかと村上春樹は訴えかけているのです。

『1973年のピンボール』感想/まとめ

私はまだ『ノルウェイの森』と『1Q84』しか読んだ事がありませんが、私の村上春樹に対するイメージは「男女の交わり」を小説の中心に置く小説家です。

『1973年のピンボール』という表題だけあって、この本の中心的な位置にいるのは、「ピンボール」と「僕」です。

しかし、その「ピンボール」を「直子」とダブらせている描写もあることを考えると、やはり『1973年のピンボール』も男女を中心のテーマに置いた小説であるように思われます。

驚きだったのが、性行為の描写が今回の著作『1973年のピンボール』にはなかったことです。今まで読んできた著作には必ずそのような描写がありましたが、今回はありませんでした。双子と肉体関係を持っているという読み方もできるのかもしれませんが。

そのような意味で、今回読んだ『1973年のピンボール』は、私が今まで抱いていた『村上春樹』という人物のイメージを覆しました。

一方で、双子の登場は『1Q84』の「リトルピープル」を彷彿とさせたりするなど、村上春樹のイメージを乖離していない部分もありました。

また、「鼠」と「僕」の関係性がイマイチ理解できなかったです。わざわざ鼠のパートをこの本の中に入れているのには何か意図があるはずですが、その意図が何なのかよくわかりませんでした。

しっかり両者の章は分けられてはいるものの、交互に話が変わるので、その部分に関しても少し読みづらい印象を受けました。

この辺は「青春3部作」と呼ばれる『羊をめぐる冒険』と『ダンス・ダンス・ダンス』を読めば理解できるのかもしれませんね。

「僕」がピンボールを探す物語の終盤は流石だなと感じました。奇妙な緊張感があって、読んでいるときに呼吸を思わず止めてしまいました。

村上春樹の初期の作品、気になった方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

それではまた〜。

<記事で触れた書籍一覧>

1973年のピンボール

『1973年のピンボール』村上春樹 講談社文庫

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『ノルウェイの森(上)』村上春樹  講談社文庫

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『ノルウェイの森(下)』村上春樹  講談社文庫

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『1Q84』村上春樹 新潮文庫

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