娼婦から見える時代背景は?吉行淳之介『原色の街 驟雨』の感想!

『原色の街・驟雨』

こんにちはshunです!

今回は前回の引き続きで芥川賞を受賞した作品について紹介していきたいと思います。

前回の記事をまだ読んでいない方はこちらの記事をどうぞ

「第134回芥川賞受賞!絲山秋子『沖で待つ』のあらすじ/レビュー」

今回読んだ本はこちら。

『原色の街・驟雨』

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『原色の街 驟雨(しゅうう)』 吉行淳之介 新潮文庫

『原色の街 驟雨』には第21回芥川賞を受賞した『驟雨』の他、

・『原色の街』

・『薔薇販売人』

・『夏の休暇』

・『漂う部屋』

の合計5つの短編小説が封入されています。ここでは、主に『原色の街』と『驟雨』について触れていきたいと思います。

~「娼婦」から見える人間の肉体と精神の関係性~

それでは、まだこの本を読んでいない方のために、この本の魅力について紹介していきます。

『原色の街』のあらすじ

昭和25年ごろ、空襲で両親を亡くした主人公のあけみは娼屋「ヴィナス」の娼婦として働いていた。あけみは、娼婦であることをビジネスと捉えているため、男との行為の際に、身体的な快楽を覚えたことはなく、心を客に対して開いたこともなかった。

そんな中、常連の汽船社員の望月に誘われた元木があけみの肉体と精神に影響を及ぼすことになる。あけみは自らの境遇について元木に語り、心を少し開く。

あけみは自分の心とは裏腹に、身体的な快楽を求めようとするが、元木はそれに応じようとはしなかった。

その後、、、、これ以降はご自身で確かめるようにしてくださいね。

『驟雨』のあらすじ

独身サラリーマンの主人公、山村英夫は男女関係にはドライで、女性を愛することを面倒に思っている。遊戯の段階で女性関係は済ませたいと考えているので、よく娼婦の街を歩いた。

そんな中、山村は娼婦である道子に出逢う。肉体的な関係しか求めていないはずであった山村はい、道子に惹かれるようになっていく。何回か道子の元に通うようになっていき、山村は自分が娼婦である道子のことを愛してしまっているのではないかと思い、動揺する。

その後山村は、、、これ以降はご自身で確かめるようにしてくださいね。

『原色の街 驟雨』のどちらでも娼婦を中心として、肉体と精神が変化していく様子を読み取ることができます。肉体的な快楽を得るためだけに訪れているはずの娼婦街で、愛や独占欲が芽生え、精神が変化していきます。

~戦後の「娼婦」と「赤線」に触れる~

ここからは『原色の街 驟雨』を既に読んだことがあり、内容を知っている方に対して、自分自身の感想や関心を持ったテーマなどについて紹介したいと思います。

『原色の街 驟雨』の解説によると、吉行淳之介が『原色の街 驟雨』を執筆した時代は昭和24年 (1950年)~昭和30年(1956年)です。

昭和天皇の玉音放送にて、日本がポツダム宣言を受諾したのが昭和20年(1945年)です。吉行淳之介が執筆をしていた当時は国民全体に敗戦という傷跡が残っており、誰もが経済的に困窮していた時代です。

『原色の街 驟雨』では、赤線(あかせん)という言葉が登場します。『原色の街 驟雨』で登場する娼婦街は赤線地帯にある街です。

赤線とは何か『原色の街 驟雨』を読むまで知らなかったので、ここで取り上げたいと思います。

「赤線」と「青線」

赤線とは、「公認で売春が行われていた地域」を指します。

もともと、公娼制度は江戸時代からあったと言われています。公娼とは「公に娼婦として営業活動することを許可された娼婦のこと」です。赤線地帯として有名であった江戸の「吉原」は現代の私たちでも知っているのではないでしょうか。

公娼制度が廃止されたのは、敗戦が決定し、GHQに占拠されるようになってからです。赤線地帯を廃止することを目的とした「売春防止法」が昭和33年に施行され、赤線地帯は無くなりました。

次に、『原色の街 驟雨』では登場しませんが、青線(あおせん)についても紹介していきたいと思います。

青線とは「営業許可を取っていないにも関わらず、非合法で売春行為をさせていた地域」のことを指します。青線地帯では、通常の飲食店のように見せかけていたり、旅館を装っていたりしていたそうです。

以上、『原色の街 驟雨』の紹介でした!

それではまた〜

<記事で触れた書籍一覧>

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