権力者から自由を守るには?J.S.ミル『自由論』を読んだ感想を紹介!

自由論

こんにちはshunです!

今回はこちらの本を読了したので、紹介していきます。

自由論

『自由論』J.S.ミル 岩波文庫

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それでは早速、『自由論』の要約や感想について紹介したい思います。

『自由論』あらすじ/要約

『自由論』は、市民的な自由がどのようにあるべきなのかについてミル自身の考えを述べた本です。

現代では、専制君主のような強大な政治権力を持ち、市民の自由を束縛するような政治形態を目の当たりにすることは少なくなりました。

しかし、市民の自由を制限する要因は未だに存在しています。

民主主義の社会では、マジョリティーの意見がマイノリティーの意見よりも尊重されてしまいます。

マジョリティーの意見が尊重されることで、マイノリティーは自分たちの意見を公に言いづらくなります。

本来であれば、言論の自由は認められているにもかかわらず、自由が制限されてしまうという状況が起こりうるのです。

本書『自由論』では、民主主義の社会の中で如何にして自由を確保していくべきなのかについて、ミル自身の考えが述べられています。

マジョリティーの市民とマイノリティーの市民

本書『自由論』の中で、ミルは自由に関する闘争の対象が変化してきていると述べています。

以前は、政府vs市民間で自由に関する争いが絶えませんでした。

典型的なのは、フランス革命。フランス革命は最も有名な市民革命として広く認知されています。

今までは、政府が強大な権力を持っており、それによって市民たちの自由を抑制していました。そしてその抑制に対して、市民側が政府に対して革命を起こすという流れでした。

しかし、次第に自由に関する争いは市民同士で行われるようになってきたのです。

当然のことですが、選挙では獲得票数が多かった立候補者が当選します。

しかし、その当選した立候補者は国民すべての人々にとって理想的な人物ではありません。

その選挙区の100%の人々がその立候補者に投票していない限り、他の立候補者が相応しいと感じる人もいるわけです。

しかし、当選した人は、まるで全国民が自分の考えを支持したかのように思い込み、少数派の意見を聞きれようとはしなくなります。

時には少数派の意見を尊重しないだけでなく、少数派を取り込もうとします。

現代では、マジョリティーの市民vsマイノリティーの市民という新たな構図が浮上してきているのです。

功利主義から考える自由

ミルは、ベンサムの功利主義の影響を強く受けていたと言われています。

しかし、ミルの提唱した功利主義は、ベンサムの提唱した功利主義とは少し趣旨の異なるものでした。

ベンサムの功利主義は、一般的に量的功利主義と言われています。人間は苦痛を避け、快楽を求める存在だと捉え、最大多数の最大幸福を求めたのがベンサムでした。

それに対して、ミルの提唱した功利主義は、質的功利主義と言われています。

ミルは身体的な快楽よりも精神的な快楽の方をより重視しました。精神的な快楽の方が長期的なため、質が高いと判断したのです。

ミルは、フンボルトの所説を引用し、あらゆる人間の天賦の諸能力を可能なかぎり、そして調和的に発展させることで幸福は求めることができるとミルは考えたのです。

しかし、自由が阻害されてしまうと、人々は自分固有の幸福を追求することができなくなります。

ミルにとって、自由とは幸福を追求するために必要不可欠なものであり、特別な例を除いては阻害してはならないものなのです。

『自由論』感想/まとめ

本書『自由論』で語られている内容が現代でもまだ十分検討する価値があることに衝撃を受けました。

著者であるミルが『自由論』を書き上げたのは1859年。つまり今から150年以上も昔に書き上げられた本ということになります。

現代に生きる私たちには当たり前だと思える考え方も、ミルが生きていた当時には異端の考えだったに違いありません。

特にマジョリティーがマイノリティーの意見を弾圧してしまい、自由に議論ができなくなる可能性について言及していた点はまさに先見の明だと感じました。

本書『自由論』は、内容自体はわかりやすいと思いますが、訳が古いのか読みにくい部分もあります。

自由という抽象度の高いテーマを扱っていることも読みにくさの原因なのかもしれません。

他の出版社では違う訳で出版されているらしいので、岩波文庫版の『自由論』が読みにくいという方は、他の出版社の『自由論』も検討してみてはいかがでしょうか。

それではまた〜。

<記事で触れた書籍一覧>

自由論

『自由論』J.S.ミル 岩波文庫

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