ノーベル物理学者の苦悩は?朝永振一郎『量子力学と私』(岩波文庫)

量子力学と私

こんにちはshunです!

今回はこちらの本を読了したので、紹介したいと思います。

量子力学と私

『量子力学と私』朝永振一郎 岩波文庫

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物理学者である朝永振一郎は、1965年にノーベル物理学賞を受賞しています。

それでは早速、『量子力学と私』のあらすじや感想を紹介していきます。

『量子力学と私』あらすじ/要約

本書『量子力学と私』は、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎は量子力学の発展過程や自分自身の研究過程について述べている本です。

量子力学以前の学問では、原子の世界を合理的に説明することはできませんでした。

原始の世界を合理的に説明するためには、新しい学問が必要とされたのです。

朝永振一郎は日本に量子力学の専門家がいない中、量子力学の研究を続けました。

量子力学という新しい学問に悩み増され続けながら、朝永は量子力学の研究を重ねていきます。

本書『量子力学と私』を読めば、20世紀の量子力学がどのような発展を遂げてきたのかについて理解することができます。

滞独日記

滞独日記は1938年~1939にかけて書かれた朝永振一郎の日記のことを指します。

朝永振一郎はノーベル賞を受賞するほどの天才ですが、滞独日記を読むと、朝永振一郎という人物がいかに苦悩していたのかを理解することができます。

朝永はドイツにて、ヴェルナー・ハイゼンベルクという人物の下で研究を重ねていました。ハイゼンベルクはなんと1932年にわずか31歳でノーベル物理学賞を受賞している天才です。

滞独日記では、朝永がハイゼンベルクの研究成果に嫉妬するような場面があります。

また、朝永にはライバルと呼んで差し支えない存在がいました。それが湯川秀樹です。

湯川秀樹は1949年にノーベル物理学賞を受賞している物理学者です。

ノーベル賞を日本人で初めて受賞したのが、この湯川秀樹です。その後に、朝永がノーベル賞を受賞するということになります。

朝永は滞独日記で湯川の才能にも羨ましさを感じています。

周りの人の研究が日夜進んでいるにも関わらず、自分だけが進んでいないことに対する不安や焦り。

日本人2番目のノーベル物理学賞受賞者にも、普通の人間と変わらない悩みがあることに本書『量子力学と私』を読んで気づかされます。

光子の裁判

量子力学という世界を特に知見のない人々にも広めるため、朝永振一郎は「光子の裁判」という著作を書き上げました。

光子を「こうし」と読むのか「みつこ」と読むのかは未だに不明だと言われています。

波乃光子という人物が事件の被告人として裁判にたちます。光子は室内に侵入した罪に問われていました。

室内に侵入するためには、2つの窓のどちらかから侵入する必要があります。2つの窓は離れた位置にあります。

普通の人間からすれば、どちらかの窓から侵入したのだと考えるはずです。

しかし裁判の際、光子は「2つの窓の両方を一緒に通った」と主張し続けるのです。

私たち人間には、物理的に不可能に思われる現象。

果たして光子は本当に2つの窓を一緒に通ったのか。

そして、どうしてそのような物理的に不可能に見えることが実現可能になったのか。

裁判という形を通して、量子力学の面白さが浮かび上がってきます。

『量子力学と私』感想/まとめ

量子力学に関しては無知だったのですが、『量子力学と私』は想像よりもかなり読みやすかったです。

専門用語や公式などは流石に理解できませんでしたが、全体的な内容は読みやすいです。

本書『量子力学と私』を読むと、ノーベル物理学賞を受賞するほどの天才でも、苦悩を持ち続けながら生きていたという事に気づかされます。

他人からは努力をしていないように見えたとしても、その影では努力を重ねています。

ノーベル物理学賞を受賞する人でさえ、努力をしていた事を知ると、努力しなくても、何でもこなせる人は本当に一握りなのでしょう。

量子力学という学問自体に興味がある方はもちろん、ノーベル物理学賞を受賞するほどの人物は一体何を考えているのかを知りたいという方にも読んで欲しい1冊です。

気になった方は読んでみてはいかがでしょうか。

それではまた〜。

<記事で触れた書籍一覧>

量子力学と私

『量子力学と私』朝永振一郎 岩波文庫

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